| 休憩中のカワアイサちゃん |
★キネシオロジーへと続く道2
さて、大学の同級生たちがお給料をもらっていろいろやっているころ、
私は文化服装学院に入ったため、日夜、通学と課題に励んでいました。
文化服装学院、どんな人が入ってくるのか、あまり知られていないと思うので紹介します。
私が入ったのはファッション工科というところで、
アパレル業界に就職するのを目的とした科です。
そのほかに、服装科というものもあって、
こちらは戦前からの花嫁修業的な科なので、課題もそれほど厳しくはありません。
まず1年目、クラスは45名ぐらい。
うち、大学や短大、または一度就職してから入った人は5名ぐらい、
男子はやはり5名ぐらい、
留学生は3名という構成で、大卒が必ずしも珍しいものではありませんでした。
また、服飾の学校なので何を着てきてもOK。
戸籍上、男性の方が女性用の服を着てきても、
インドの修行僧みたいな格好でも問題ありません。
今で言う多様性はもう既に実現していました。
このうち自宅から通っている人は3分の1程度。
残りは寮に入ったり、近くにアパートを借りて入ったりしていました。
大学と違うのは、選択授業がほぼないこと。
そのためクラス全員が同じ授業を受けます。
また、専門学校なのですが、時たま課外授業があったり、
泊りがけの授業があったりもしました。
授業は月曜日から金曜日、午前9時から15時30分ぐらいまで。
水曜日は午前中で終わり。
そして大きなポイントが宿題の多さです。
年に何着か服を作るため、
まず授業で説明を聞いて、残りの時間、教室で実習。
残った部分は宿題になります。
実習時間は少ないため、ほとんどは家に帰ってからやることになります。
私の場合、平日は20時から24時までの4時間、
土曜日はお休みにして、日曜日は14時から、途中、夕食とお風呂を入れて、やはり24時までずっと宿題をしていました。
作業が早いほうなので、これは時間としては短い部類です。
他の学生たちはよく徹夜をして宿題をやっていました。
もちろん、1年のうち忙しい時期とそうでない時期がありますし、
例えば学園祭のバザーで売るものを作っているときは宿題がない時期もありました。
しかし、おおむねこれぐらいの時間、家で課題をすることになります。
厳しく問われるのは期限内に提出したかどうかです。
いいものを作りたいという理由で、ゆっくりと、期限後に提出する人も中にはいました。
けれども、期限後になった途端、評価はぐっと落ちます。
将来、納期のある仕事につくので、期日を守る習慣を徹底的に叩き込まれます。
そしてこれができない学生たちは徐々に堕落し、
1年の終わりごろには、クラスのうち5名ぐらいは中退することになります。
ここで競い合うのは優れたデザインのものを、期限以内に作れるかということ。
ブランドの高価なバッグを持ってくる人はいませんでしたが、
ついこのあいだ東京コレクションで発表されたばかりのルックを着てくる人や、
毎日違う服を着てくる人もいました。
しかし、学生たちは自分の課題に追われているため、
他人のことを気にしている時間的、精神的余裕はありません。
また、趣味もセンスも多種多様ですから、他人のものを欲しがるわけでもありません。
誰かと競うよりも、まずは自分の課題を出すことが精いっぱいの世界。
一生懸命なものだけが残ります。
あれやこれや、余計なことに精を出すものはいずれいなくなる、
誰もがそのことに気付いていました。
戦うべき相手はいつでも自分。
まずやるべきなのはいいデザインを考えることと、いいパターンを作ること。
服作りを学ぶとは、そういうことなのです。
そもそも私が大学を出てから文化服装学院へ行ったのは、
「専門職」につくためです。
なぜ専門職なのかというと、大学時代に行った卒業生調査で、
卒業3年後経過した人たちの半分は最初の職場をやめていると知ったから。
3年でやめるような仕事につくわけにはいかないと、
大学時代から考えるようになりました。
もう既にバブルは崩壊していましたが、
それ以前から女子大学生の就職率は悪かったので、
就職先がないほどではなく、同級生たちは銀行や証券会社、保険会社に入っていきました。
私は、彼女たちがどうして金融関係に行くのかさっぱりわからなかったのですが、
後で知ったのは、金融機関のお給料がよいから、というのが主な理由なようで、
決してお金を数えたり、世界経済や金融工学について興味があるわけでもなかったようです。
文化服装学院は3年間あります。
そのあいだ、大学の同級生たちはそれなりのお給料をもらって、
中には、イギリス出張でバーバリーのコートを買ってくるもの、
フランス出張でヴィトンのバッグを買ってくるものなどいました。
私はといえば、貯金のすべてを使って文化服装学院の授業料としたので、
同級生たちのようなお金使いはできず、
かといって、それに憧れるでもなく、
まずは課題の服を作るための材料費にお金を使うのが一番であり、
春休みや夏休みなど、長い休みの期間はせっせとアパレル企業のアルバイトへ通っていました。
アパレルのバイトは専門知識がないとできないものばかりであり、
当時の時給はどこも1000円だったと記憶しています。
春休み、毎日バイトをしたら、20万円以上にはなりました。
それを年間を通じた教材費に当てていました。
また残ったお金はもっぱら、映画、芝居、コンテンポラリーダンス、ライブ、
美術展や写真展を見るために使いました。
このお金の使い方に関しては、ほんとうによかったと今でも思います。
というのは、1980年代、90年代の日本は、
世界のトップクラスの文化やアートが集まる地であり、
学生でも十分払えるチケット代で、ありとあらゆるものが見られたからです。
今、同じように好きなものを大量に見ることはできません。
それほど集まっていないこと、またチケット代もだいぶ高額になったため、
気軽に行けるものではなくなったからです。
当時は、世界の最先端のコンテンポラリーダンスのカンパニーが日本にやってきていて、
特にピナ・バウシュがお気に入りだったので、
いちばん安い席を買って、毎回見に行ったものです。
「わかりやすい」などという言葉が全くもって誉め言葉ではなかった時代、
本当のものに触れられることができたこと、
しかも若い時代にそれができたことは、
今の日本を鑑みても、僥倖であったと言わざるを得ません。
私は仲が良かった大学時代の友達と、
表参道のスパイラルでよく待ち合わせをしました。
シャンタルトーマスのスーツで現れた彼女と並んで
信号が変わるのを待ちつつ表参道の交差点を見上げてみれば、
大きな資生堂のキャンペーンポスターの日本の女性が笑顔で輝いていました。
あのころは、これが世界で一番だということも、
いちばんになった後は転がり落ちていくということも
二人とも考えもしませんでした。
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